「野球部に長距離の走り込みは必要ない!」
近年、SNSなどでこのような意見を見かける機会が増えました。
一方で、冬場になると何kmものランニングや、
長時間の走り込みを取り入れている野球部も少なくありません。
では、野球選手に走り込みは必要なのでしょうか?
私の考えは、「目的と時期による」です。
短い距離を全力で走ることにも、
ある程度の距離をゆっくり走ることにも、
それぞれ異なるトレーニング効果があります。
大切なのは「走るか、走らないか」ではなく、
「何の能力を伸ばすために、どのような走り方をするのか」
という点ではないでしょうか。
今回は、中学生・高校生の野球選手を中心に、
科学的根拠を踏まえながら解説していきます。
■そもそも野球に必要な走力とは?
野球は、短時間で大きな力を発揮する場面が多いスポーツです。
例えば、
- 打球を処理するための守備の一歩目
- 盗塁時のスタートと加速
- 一塁への全力疾走
- 外野手の打球への反応と追走
- 走塁時の急加速や方向転換
こうした動作では、
特に最初の数歩から10〜30m程度の加速能力が重要になります。
2026年に発表されたMLB選手を対象としたパイロット研究では、
30・60・90フィート走のタイムが盗塁成功率と有意な相関関係を示しました。
つまり、短距離を素早く走る能力は、
実際の野球パフォーマンスとも関連しているのです。
ただし、これは相関研究であり、
ダッシュ練習によって盗塁成功率が
必ず向上することまで証明したものではありません。
メジャーリーグベースボール選手における盗塁時の初期ステップパターンの使用傾向および疾走能力と盗塁パフォーマンスの関係J-STAGEwww.jstage.jst.go.jp
参考研究:MLB選手の疾走能力と盗塁パフォーマンスの関係(2026年)
■なぜ15m程度の短距離ダッシュが重要なのか?
短距離ダッシュには、主に3つの狙いがあります。
◎速筋を含む高出力の筋線維を動員する
筋肉には大きく分けて、
遅筋(タイプⅠ)と速筋(タイプⅡ)があります。
遅筋(タイプⅠ)
- 疲れにくく、持久的な運動に適している
- 比較的小さな力を長時間発揮する
速筋(タイプⅡ)
- 大きな力や速い収縮を発揮できる
- ダッシュ、ジャンプなどの高出力動作に重要
ゆっくり走る場合は、
主に低い力で活動できる運動単位が使われます。
一方、全力に近いダッシュでは、
大きな力を短時間で発揮する必要があるため、
速筋が動員されやすくなります。
重要なのは、
野球で求められる高出力の筋活動を、
実際の高速動作の中で経験することです。
◎短時間で力を発揮する能力を鍛える
野球の走塁や守備では、筋力が強いだけでなく、
その筋力をどれだけ素早く発揮できるかが重要です。
ここで関係するのが
「RFD(Rate of Force Development)」
という考え方です。
RFDは、一気に100%の力を発揮する能力の事です。
例えば、同じ筋力を持っていても、
力を素早く立ち上げられる選手と、
時間がかかる選手では、
スタート時の加速に差が生まれる可能性があります。
例えば、ベンチプレスで表すと、
バーが降りている状態から
最大挙上(バーを上げた状態)までの時間を
最大限短くする(速く挙げる)というイメージです。
まさに短距離ダッシュでは、
身体を加速させる必要があり、
短時間で大きな力を発揮する能力が求められます。
そのため、
スプリント練習は筋力トレーニングと
組み合わせて取り組みたい重要な種目です。
◎スタート・加速技術を身につける
短距離ダッシュのもう一つの狙いは、走る技術の向上です。
特に重要なのは、
- 最初の一歩を素早く踏み出す
- 地面に適切な方向へ力を加える
- スタート直後の姿勢を安定させる
- 一歩一歩の加速を効率的につなげる
といった能力です。
野球選手は、100m走の最高速度だけを追求する必要はありません。
むしろ、0mから10m、15m、20mまでの
加速局面を繰り返し練習することには、
競技特性に合った意味があります。
大学野球選手62名を対象とした日本の研究でも、
30m走の疾走能力とステップ頻度・
歩幅などの特徴が検討されています。
野球選手におけるステップタイプに応じた30m走中の疾走動態の検討J-STAGEwww.jstage.jst.go.jp
参考研究:野球選手における30m走中の疾走動態の検討(2020年)
■長い距離を走ることには意味がないのか?
結論から言えば、
長い距離を走ることにも意味はあります。
長距離走や一定時間の有酸素運動は、
主に次のような能力を高めるために活用できます。
- 全身持久力の向上
- 心肺機能の向上
- 長時間の練習を支える体力づくり
- 高強度運動の合間に回復する能力を支える有酸素能力の向上
野球は短時間の高出力動作が多いとはいえ、
試合や練習は長時間に及びます。
そのため、瞬発力だけでなく、
長時間活動できる基礎的な体力も必要です。
また、有酸素能力は繰り返しの高強度運動における回復にも関係します。
2015年の研究では、
チームスポーツ選手の有酸素能力が、
反復スプリント時の疲労によるパフォーマンス低下と関連していました。
参考研究:Aerobic and anaerobic determinants of repeated sprint ability in team sports athletes(2015年)
◎長距離走ばかりでは問題がある?
ここで注意したいのが、
トレーニングの優先順位です。
長い距離をゆっくり走る運動は、
主として持久的な能力を鍛えます。
当然ですが、10kmをゆっくり走り続ける練習と、
15mを全力で加速する練習では、
求められる筋活動や身体への刺激が異なります。
(速筋と遅筋の関係)
さらに、持久系トレーニングと
筋力トレーニングを組み合わせた43研究のメタ分析では、
筋肥大や最大筋力の向上は全体として妨げられなかった一方、
瞬発的な筋力発揮の向上は小さくなる傾向が確認されました。
特に同じ練習内で組み合わせた場合に、
その影響が大きくなる可能性が示されています。
つまり、
長距離走そのものが悪いのではなく、
瞬発力を高めたい時期に
持久系練習ばかりを大量に実施することが問題になり得る事が問題なんです。
pubmed.ncbi.nlm.nih.govpubmed.ncbi.nlm.nih.gov
参考研究:Schumann et al.(2022)持久系・筋力トレーニング併用のメタ分析
■時期によって走り込みの内容を変えよう
ここからは実際の野球部で取り入れやすい方法を紹介します。
以下は研究で示されている原則をもとにした実践例であり、特定の距離や本数が野球選手にとって最適だと証明されたものではありません。
【オフシーズン前半】基礎体力をつくる時期
秋の大会が終了し、次のシーズンに向けて身体をつくる時期です。
この時期は、基礎的な持久力を高めるトレーニングを取り入れる余地があります。
メニュー例
- 軽いジョギング10〜20分:週1〜2回
- 100〜200mのテンポ走:4〜8本程度
- 10〜20mのダッシュ:4〜6本程度
テンポ走は全力疾走ではなく、フォームを崩さず余裕を持って走れる中程度の強度を想定します。
長距離走だけに偏らず、短距離の加速練習も並行して取り入れることがポイントです。
また、有酸素能力は自転車やインターバル形式のトレーニングでも向上させられます。
必ずしも全選手に長距離走を課す必要はありません。
【オフシーズン後半】スピード・瞬発力を強化する時期
基礎体力づくりに加え、
より野球の動作に近い能力を高めていきます。
メニュー例
- 10〜20mダッシュ:4〜8本
- 20〜30mダッシュ:3〜5本
- 盗塁スタート・守備の一歩目の反応練習
- スクワットやスプリットスクワットなどの筋力トレーニング
この時期は、単に長く走ることよりも、加速能力や高出力を発揮する能力を重視します。
特にスピード向上が目的なら、毎回全力で走ってヘトヘトになることが正解ではありません。
1本ごとの質を保つため、十分な休息を取りましょう。
【シーズン中】スピードを維持する時期
春から夏にかけて、試合が増える時期です。
この時期は、疲労を蓄積させすぎず、身体能力を維持することが重要です。
メニュー例
- 10〜20mダッシュ:3〜6本
- 20〜30mダッシュ:必要に応じて2〜4本
- スタート・方向転換などの実戦的練習
試合や練習による負担を考え、ダッシュの本数を調整していきます。
特に大会が近い時期に、目的のない長距離走や大量のダッシュを追加する必要性は低いと考えます。
■試合2日前からの走り方
ここは特に重要です。
試合直前の練習は、
体力を新しく獲得するというよりも、
疲労を抑えながら試合に向けた準備を整えることが目的になります。
そのため、短い距離のダッシュを少量取り入れる方法が考えられます。
試合2日前の例
- 十分なウォーミングアップ
- 10〜15mダッシュ:3〜5本
- 強度:最大速度の90〜95%程度を目安
試合前日の例
- 軽い動的ウォーミングアップ
- 10〜15mの加速走:2〜3本
- 無理のない範囲でスピードを確認
- 疲労感や筋肉痛があれば省略
狙いは、短時間での高出力動作や加速の感覚を確認し、
過度な疲労を残さないことです。
競技前に少量の高強度運動を取り入れる
「プライミング」という考え方があります。
プライミング研究では、
運動の内容や実施タイミングによって効果が異なり、
翌日以降までの効果は一貫していません。
特に普段ダッシュをしていない選手が
試合直前に急に全力疾走すると、
筋肉痛やケガのリスクがあるため注意が必要です。
試合直前は「速く走る練習をたくさんする日」ではなく、
「持っているスピードを発揮できる状態に整える日」
と考えましょう。
■ダッシュは何本も走ればよいわけではない
ここでもう一つ重要なことがあります。
それはダッシュの目的によって休息時間を変えることです。
例えば、15mの全力ダッシュを10本行うとします。
ほとんど休まずに繰り返せば、
次第に疲労が蓄積し、走る速度が落ちていきます。
これでは、最高の加速能力を高める練習ではなく、
疲労した状態で運動を繰り返す練習へと性質が変わってしまいます。
スピード向上を目的とする場合、
十分な休息を取り、1本1本の質を確保することが大切です。
反対に、繰り返し走る能力や持久力を鍛えたい場合には、
あえて休息を短くする方法もあります。
つまり、同じ15mダッシュでも、
加速能力を鍛える場合は、
十分な休息を取り、高い速度を維持する。
反復スプリント能力を鍛える場合は、
目的に応じて休息を短くし、繰り返し走る
という違いがあります。
「短距離だから速筋トレーニング」
「長距離だから持久力トレーニング」
と、距離だけで判断するのも不十分なのです。
■まとめ
野球部の走り込みについて、私が伝えたいことは一つです。
走り込みが必要か不要かではなく、
その練習が何のためにあるのかを考えてほしい。
試合前日に5km走ることが、
翌日の走塁や守備のスピード向上に
直接つながるとは考えにくいでしょう。
一方、オフシーズンに基礎的な持久力を高める目的で、
適度なランニングを取り入れることには意味があります。
また、守備の一歩目を速くしたい選手なら、
長距離を走るよりも短距離の加速練習を優先するべきでしょう。
野球には、スピード、筋力、瞬発力、持久力など、
さまざまな身体能力が求められます。
そのすべてを一つの走り方で鍛えることはできません。
走った距離や本数ではなく、
その練習によって何の能力を高めたいのか。
そこを明確にすることが、
野球選手の身体づくりでは重要だと考えています。
参考文献・資料
- 加藤ほか(2026)メジャーリーグベースボール選手における盗塁時の初期ステップパターンの使用傾向および疾走能力と盗塁パフォーマンスの関係
- 景山ほか(2020)野球選手におけるステップタイプに応じた30m走中の疾走動態の検討
- Schumann et al.(2022)Compatibility of Concurrent Aerobic and Strength Training for Skeletal Muscle Size and Function: An Updated Systematic Review and Meta-Analysis
- Gharbi et al.(2015)Aerobic and anaerobic determinants of repeated sprint ability in team sports athletes
- Sale(1987)Influence of exercise and training on motor unit activation
- NSCA(2019)Designing Speed Training Sessions
- The Training and Development of Elite Sprint Performance: An Integration of Scientific and Best Practice Literature(2019)
- Priming strategies to enhance sprint performance in highly trained athletes across sports: a systematic review and meta-analysis(2026)
働く人の健康維持からアスリートの身体づくりまで働き世代の健康維持・ダイエット・ストレス疲労ケアに加え、野球部のフィジカル管理をトータルサポートします!『整え・鍛え・癒す
